
よし野山、花の故郷あとたえて、むなしき枝に、ハる風そ(よ)吹。新古今集和歌 二條良基和歌
吉野山の桜の花の散ってしまった舊都は、今は、訪れる人もなくなって、花のない桜の枝に、花を散らした春風ばかりが、訪れて吹いていることだ。【福本積應】大徳寺派 招春寺
1930年昭和05年 京都生まれ
大徳寺塔頭養(yǎng)徳院、宗應和尚に就き得度
大徳寺派元管長?清涼軒歓渓老師の弟子となり、美濃 虎渓僧堂にて修業(yè)
1954年昭和34年 招春寺住職拝命
1975年昭和50年 寶林寺兼務住職、宗會議員拝命
寶林寺を後任住職に譲り、現招春寺住職
寶林寺を後任住職に譲り、現招春寺住職
【上村米重】
1950年昭和25年11月新潟県生まれ
1972年昭和47年 金原明石氏に染織図案及び染色の基礎を習
1982年昭和57年 工房:上村を設立し、水墨畫を南畫院展に毎年出品す
1985年昭和60年 日本南畫院正會員
1998年平成10年 日本染織作家協(xié)會正會員
日本染織作家協(xié)會理事?京都彩蕓美術組合理事
京都彩蕓美術展にて市長賞?日本南畫院展にて奨勵少會、他、多數受賞
●新古今集和歌:よし野山、花の故郷あとたえて、むなしき枝に、ハる風そ(よ)吹。
「春の和歌」二條良基和歌
意味:吉野山の桜の花の散ってしまった舊都は、今は、訪れる人もなくなって、花のない桜の枝に、花を散らした春風ばかりが、訪れて吹いていることだ。
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作者:字(福本積應筆)
畫(上村米重畫)
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大徳寺派 招春寺
昭和05年 京都生まれ
大徳寺塔頭養(yǎng)徳院、宗應和尚に就き得度
大徳寺派元管長?清涼軒歓渓老師の弟子となり、美濃 虎渓僧堂にて修業(yè)
昭和34年 招春寺住職拝命
昭和50年 寶林寺兼務住職、宗會議員拝命
寶林寺を後任住職に譲り、現招春寺住職
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【上村米重】
昭和25年11月新潟県生まれ
昭和47年 金原明石氏に染織図案及び染色の基礎を習
昭和57年 工房:上村を設立し、水墨畫を南畫院展に毎年出品す
昭和60年 日本南畫院正會員
平成10年 日本染織作家協(xié)會正會員
日本染織作家協(xié)會理事?京都彩蕓美術組合理事
京都彩蕓美術展にて市長賞?日本南畫院展にて奨勵少會、他、多數受賞
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箱:木箱
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