完結している場合と冒頭のみの場合があります。出版また編集関係の舊蔵品と思われます。詳細は畫像を參照して下さい。 プロフィール】明治24(1891)年6月1日~昭和49(1974)年。日本橋の洋服反物問屋に3年間丁稚奉公をし、その後苦學しながら大學へ進む。卒業(yè)後春陽堂に入社、「新小説」「中央文學」の編集に攜わる。その間小説を執(zhí)筆し、大正7年「空骸」、8年「死を恃んで行く女」を発表して文壇に登場。9年「死を恃む女」を刊行し、以後「罪に立つ」などを発表。13年「未亡人」、14年「本心」を刊行しプロレタリア作家へ成長して行く。15年「文蕓行動」を創(chuàng)刊。プロレタリア文學作家としては「誘惑」「この人達の上に」「陰謀」などの作品がある。昭和7年検挙されて転向するが、戦後は執(zhí)筆をせず府中刑務所の篤志面接委員を務めた。また少年時代から俳句に親しみ、戦後の26年つゆ草句會を興して主宰。句集に「松柏」がある。