亂歩の「自註自解」によると、三島は子供の頃から本作の愛読者で、當(dāng)初小牧正英舞踴団のための劇化を打診され、亂歩も承諾していたが中止となった。その後、演劇プロデューサーの吉田史子のために書き下ろしたのが三島版『黒蜥蜴』であり、亂歩はこの戯曲を「江戸川亂歩原作による三島由紀(jì)夫作」としている。三島の臺(tái)本を読んだ亂歩は「なるほど、こうすれば奇抜な面白い劇になるなと感じられるようなものであった」と述べ、宣伝ビラに「私も上演を待ちかねている」と書いている[1]。最後の黒蜥蜴の死の場(chǎng)面に三島の美學(xué)が凝縮されている。 三島は戯曲化するにあたり、「女賊黒蜥蜴と明智小五郎との戀愛を前景に押し出して、劇の主軸」にし、種々の歌舞伎の手法を取り入れながら、「原作の耽美主義」「デガダンス」を強(qiáng)調(diào)して「美的恐怖戀愛劇に仕立てた」と説明している。
三島版『黒蜥蜴』は多數(shù)の団體により幾度も舞臺(tái)上演され、多くの演出家が手掛けており、女盜賊「黒蜥蜴」役もまた多くの名優(yōu)たちによって演じられてきた。戯曲では「雨宮潤一と桜山葉子」のように亂歩の原作にはない戀愛模様が描かれている。原作では東京に始まり大阪へと舞臺(tái)が移るが、三島による戯曲版では逆で、「エジプトの星」の受け渡し場(chǎng)所も東京タワーに変更されている。