1978年10月に
日本コロムビアから
シングル盤が発売され、彼らの作品としては最多となる160萬(wàn)枚(オリコンでは85萬(wàn)枚)以上を売り上げた。1979年の年間第6位。
それまでは全詞英語(yǔ)の曲ばかり歌っていたゴダイゴにとって「ガンダーラ」は初の日本語(yǔ)詞曲のシングルであった。デビュー以來ヒット曲に恵まれなかったゴダイゴは、このシングルが売れなかったら解散しようという話まで進(jìn)んでいたという。今度こそヒットさせたいという意気込むメンバーは、どんな注文でも受けることにして、「日本語(yǔ)の歌詞で」とのリクエストを受け入れた
[1]。
しかし作曲者のタケカワはそれまで日本語(yǔ)の歌詞に曲をつけたことが無かったので、まず奈良橋に「
ガンダーラ美術(shù)のイメージで」英語(yǔ)の歌詞を依頼し、それに曲をつけた。そしてその旋律にあわせて山上が改めて日本語(yǔ)の歌詞を作った。そのため、最初から日本語(yǔ)と英語(yǔ)のバージョンが存在する
[1]。
タケカワが作詞の奈良橋と話し合って互いに「エキゾチックな歌がほしい」、「ガンダーラ美術(shù)みたいなもの…」と話していたら、「ガンダーラ」がそのままタイトルになったという。また奈良橋は「長(zhǎng)年カナダにいたのでエキゾチックなイメージはガンダーラ美術(shù)くらいしかわからない」とのことで、元々この曲の詞は母校の
國(guó)際基督教大學(xué)で學(xué)んでいた
考古學(xué)の授業(yè)で中國(guó)文化の影響を受けたのが元で、理想郷としてずっと頭に殘っていたものだったという
[2][3]。
曲も、最初に作ったものは、
メジャーで始まり
サビで
マイナーに転じる構(gòu)成だった。しかしサビの部分が気に入ったプロデューサーの提言で、全曲マイナーで構(gòu)成することになった。初めのほうはすぐに作り直せたが、中盤がうまく繋がらず、普段は頭の中だけで作曲するタケカワもピアノを使って旋律を作ったという
[1]。
ガンダーラは古代
インド地域にあった王國(guó)で、この曲の中では「インドにあった
理想郷」を意味するという。彼らのバンド名の由來にもあるような、東洋の神秘的な世界への憧れがこの作品にこめられている。このイメージから、テレビ番組等でインド、
シルクロード等の風(fēng)景のシーンに用いられることがある。ただし、現(xiàn)在の領(lǐng)域でいうなら、ガンダーラはインドでは無く、
アフガニスタン東部から
パキスタン北西部に當(dāng)たる。
西遊記でガンダーラについて歌うということで、その整合性を突っ込まれたらどうしようかと思っていたが後から三蔵法師がガンダーラへ行ったことがあると知ってタケカワは胸をなでおろしたという。
當(dāng)時(shí)ゴダイゴのメンバーだった
スティーヴ?フォックスは、最初、「ガンダーラ」という曲題を聞いて「ゴンドラ」だと思ったという
[4]。
やや遅れて発売されたアルバム『
西遊記』には英語(yǔ)ヴァージョンが収録されている。